聖夜の憂鬱   〜脱力アリス〜



注)表参道まわりみちの静流さん画「脱力アリス」が元イメージです。ちなみに書いた季節は冬。見返すと、寂しすぎたクリスマスに対する哀しい心情がこれでもかというぐらい溢れ出てて痛々しいですね、自分。やさぐれ過ぎありちゅ。こんなの漏れのアリスじゃネェー、という方は裏街道まわれみぎ。













「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜あ…………」

 綺麗に整頓された部屋。 古びた戸棚には可愛い字で書かれた、ラベル別に分類された色とりどりの瓶。 少女らしい趣味のよいアンティークと妖しげな薬品類が混在する部屋の壁際には人形たち。 お行儀よく手を膝の上に載せ、きちんと仲良く整列するアリス自慢の人形たちは……見てはいけないものから目を逸らすように俯いている。
 その他にも古びた柱時計やオルゴール、書机に広げられたままのグリモワール、羽ペン、インク壺などなど。…すべてが、持ち主である少女を―――腫れ物でも扱うかのように、放置している。


「は〜〜〜〜〜〜〜……」

 ふたたび部屋を吹き抜ける、脱力の吐息。
 目を逸らす人形たち。
 魔法具たちは、只の道具のように硬直し続ける。

「…………ねぇ、蓬莱。 今日って、何の日だったっけー?」

 あるじに問われ、困ったようにもじもじする人形。
 赤い小さな服を着て、背中にちょこんと可愛らしい羽をつけた金髪の人形――

 【蓬莱人形】

 彼女は、生みの親たるアリスの、とろーんとした目から逃れるようにさっと顔を伏せた。
 そんな蓬莱の失礼な挙動にも気づかず、アリスはぬぼー……と口を半開きにしてなーんにも考えずに黙想し続ける。

「……」
「……」

 互いに無言なれど、その沈黙の意味合いは全く別だった。


 気まずい沈黙。

 かち   こち
    かち   こち
 かち  こち
   かち こ……ぼん。




「……あー。 うっさい……」

 だらーんと特殊な机『こたつ』に突っ伏したこの部屋の主、アリスの指先から迸った光弾が見事に時針の中央を直撃し、無礼な(?)柱時計を沈黙させた。

 ――なんでなの? 自分はただ、やるべき事をしていただけなのに……

 いわれなきあるじの八つ当たりを受け、ぬっ殺された時計。
 所詮は器物に過ぎぬ我が身を嘆いた。
 されど、面と向かって文句を言える訳では無い。 
 むきゅー、とふてくされたようにその刻を止める。
 
 ざわ…   
     ざわ…

 ざわ… 
     ざわ…


 ――ぉぃぉぃ、柱時計の爺さんがヤラレちまったよ…。
 ――マヂディスカー? 
 ――ひっでぇ話もあったもんだぜ、なあ本棚の。
 ――そうね、私たちもいつとばっちりを受けるのかしら…
 ――ヤラレる前に、ヤルか…?
 ――いやいや、皆もちつけ。 こんなことでマスターに逆らって滅するのは得策ではないぞ。
 ――そうかな、うん、そうかも…。
 ――本当はお優しいアリスのこと、すぐに正気に戻って「ああ…ごめんなさい。わたしったらなんてことを…ごめんね、みんな……ちゅっ」という感じに…
 ――おおぅ、萌えー…。ならば仕方ないよな。完璧なマスターも偶には過ちがあるさ。自分で気がつくまで、生暖かく見守ろうよ、みんな。
 ――ええ……出来るだけ、刺激しないように、ね。


 びくびくしながら沈黙を守る器物たちのようすを知ってか知らずか、
 アリスはどたー、と背後に身を倒す。

 ぐてー。


 ぐた〜。


 ごろん、
 ごろん。

「あー。…………暇だわ」
 
 動きを止め、ぼそりと呟くアリス。
 虚ろに天井を見上げ、彼女はそのまま……ぼ〜っと脱力状態を維持する。
 

……ぼへらー
 ……
  ……
   ……
    ……
   ……
 ……
   ……
    ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
    ……
     ……
    ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
    ……
   ……
  ……
 ……
  ……
   ……
  ……
 …… 

……

 …………

  ………………はっ。


 じゅるり


 口から零れたよだれを拭い、慌ててアリスは起き上がった。

「……いけない、いけない。 危うく今日という掛け替えの無い夜を無駄に寝過ごすところだったわ……」

 ちらり、と柱時計を見やるアリス。 
 しかし動きを止めた時針からは時を読み取ることは出来ない。

「むー。 誰よ? こんな酷いことをする奴は? う〜、きっとこの前来たあの黒白の仕業ね! まったく……ぶちぶち」


 先程、自分がやったことなど…とうに忘れて、彼女は責任転嫁を始める。
 無言でざわめく器物たち。 もし、彼らが言いたいことを言えたなら、きっとこう言うことだろう。


 ―――あんただ、あんた!!


 しかし……所詮、創造主には逆らえない悲しい身。
 そりゃあないだろう? という声ならぬ声は、空しく虚空に消えてゆく……。





「あー。 うー。 あ゛あ゛〜〜〜〜〜っ!! うがぁあああああああああああああ!!!!」



 突如おたけびをあげ始めたアリス。
 心配そうに、そんなあるじを痛々しく見守るのは蓬莱人形。
 けれどなにが出来る訳でもなく、ただ生暖かい目で――常軌を逸してエスカレートしていく、かわいそうなマスターの狂態を見届けるのみ。



「うなーーーー!!」
 ばんばん! とコタツを叩きまくる。

 ああ…そんなに強く叩き過ぎると、白魚のような手が…
 わんこの肉球のように、パンパンになってしまうよ?


「うごごごご」
 かごに入ったみかんを次々皮ごと頬張る。

 目を白黒させながらも完食。
 意外とアリスの咥内は広いらしい。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」?!?11」
 奇声をあげ、首をぶんぶん振りたくる。
 これは別におかしくなった訳ではなく、
 アリスの繊細な精神が、タスケテ、と悲鳴を上げているのだ。


「フン! フン! フゥゥーーーッ!!」
 貴重な魔法書で、クッションをばすばす殴りつける。
 振り子のように唸る無手の左。
 往復ビンタで浮き上がらせた生贄に…
「……ヒュウォッ!!」 打ち下ろしのチョッピングライト。
 ばがん。
 可愛らしい黒魔法使いクッションのどてっ腹にめり込むグリモワール。
 いくら私が本好きだからって、酷いぜ。と謎の幻聴が聴こえたような気がした。


「ホヮタタタタタタタタ……ッ!!!!」
 紫から闇取引で入手した、映像の出る魔法の箱のスイッチを――ガチャガチャガチャ――滅茶苦茶に切り替える。


 ……どういう仕組みか知らないが、それには外の世界の番組が映ることもある。
 胡散臭い話ではある。もしかすると、最初から仕組みなど無く、紫のきまぐれで開いているスキマと直結されてるのかも知れない。

 何はともあれ、暇つぶしには最適の魔導具だ。

 ……何かとひきこもりがちなインドア派魔法使い、アリス・マーガトロイドにとって。



 けれど、今日、この時ばかりは……まったく訳のわからないことを……楽しげにくっちゃべってる中の人たちの、脳天気そうな様子を見ていると……どうしようもなく、むかっぱらが立ってくる。


「うがっ!」
 ばちん、とスイッチを切断。

 時計と同じく沈黙する魔法の箱。
 ……。(壊されないだけ、ましだな……。






 始まった時と同様に、狂態は唐突に終わりを告げる。
 ふたたびアリスはぐてーーんとコタツに足を入れながら倒れこむ。


「…………空しいわ。」
 悟りを開いた賢者のような、老成した言葉。
 この一言だけ聞けば、先程までのアリスを知らない者にはさぞや彼女が儚げに見えたことであろう。


 ……

 …………


 ふと、窓の外を見上げるアリス。
 暗い空には、ちらほらと白い結晶が舞い落ちていた。


「雪、か…」
 
 ――今日という日に相応しい、天からの贈り物。


 ―――そう、今夜は





「……メリー、クリスマス。……霊夢」





 そっと、コタツの脇に置かれた箱を見る。
 女の子らしく可愛く包装されたその箱はアリスの巻き起こした八つ当たりの暴威に晒されること無く…
 …ひっそりとその場に鎮座し続けていた。



 ***


 コンコン
        アリスの館をノックするおと。

「あら、誰かしら。こんな日にわざわざやってくるなんて、物好きねえ」 不機嫌そうに呟く。 でも、ちょっとだけウキウキしながら、私は急な来客を迎えるのだ。


 ガチャ 
        開く扉。吐く息が白く凍りつくような寒い外気。

「まったく…寒いわね。あー、誰よ? 面倒臭いんだから、用件は手短にね」
 嘘だ。本当は自分の家を訪ねてきてくれた相手に抱きついて頬擦りしたいほど嬉しいのに。


 開け放たれたドアの前で寒そうに手を擦り合わせながら……彼女は、居た。


「あ、アリス。悪いね、お邪魔しちゃって」





 霊夢だ





「……ほ、本当にそうだわよ! なななんのようよっ!! れいむ、訪問販売や托鉢なら間に合ってるわよ!?」

 ち、違うわ。こんなこと、霊夢に言いたいわけじゃないのに……っ! 
 ああ、どうして私は彼女に会うと、こんなにも捻くれた対応しか取れないのだろう…

「ああ、ごめん。ちょっとその辺通りかかったもんだからさ、ついでに余り物で作ったケーキでもあんたの所で処分しようかな、って思ったのよ」

 後ろ手に抱えたケーキの箱を私のほうに差し出しながら、きまり悪そうにはにかむ霊夢。

「ほら、あんた…確かこういうの好きだったよね?」

 赤くかじかんだ両手で不器用に箱を開け、中のケーキ……らしきグシャグチャの物体を恥ずかしげに見せる霊夢。



「……」 嘘吐き。こんなの、余り物で作った筈が無いじゃない。

「あー…間に合わせで作ったから、見かけはアレだけど、味のほうは…たぶん…きゃっ」


 ガバッ

「な、なななななによ!? アリス!? 突然抱きついてきたりなんかして」

「……ハッ。 い、いや…れ、れいむがあんまりにもあったかそうだったんで、つい、ね。 ったく……寒すぎるのよ、今日の気温は。 ああっ! 寒い寒い」

「……ふふっ、おかしいわねアリス? こんな冷え切った身体を抱いても、あんたのほうが寒くなるだけだよ」

「知らないわよっ、そんなこと! うー……と、兎に角立ち話もなんだから、上がってきなさい。 霊夢はどうでもいいけど、私が寒くて堪んないわ」

「…ん。 じゃあそうしようかな。 ああ」
「?」

 クスクス笑いを堪えながら、霊夢は悪戯っぽく






「メリークリスマス、アリス」






 あ、

 ……。

 …………。




「……メリークリスマス、霊夢」





 

 ***
 


「……む」

 あら? 霊夢は…

 どこへ?


「……(マスタ−……カァイソ)」 慌てて目を逸らす蓬莱。




 ……。

 …………夢、か。



 そうよね、あの紅白が好き好んでわざわざ私の家にやってくるわけ、無いよね?
 それも、年に一度の、特別な夜に。

 はは、馬鹿だわ


 わたし……っ!





 寂しがり屋で、意地っ張り―――つまらないプライドが邪魔をして、今年も渡せなかった……この人形。

 ―――今年こそは……! と思ったのに……。








「はあぁぁ………………」






 恋する乙女の盛大なため息は、今年も聖夜に木霊する。
 しんしんと降り続ける雪は、恋焦がれるこころを
 やさしく やさしく
 ―――鎮め、慰める。







「ええい、済んだ事はもうどうでもいいわっ!!
 今年は駄目だったけど、
 ―――来年こそは………!」










 アリスの憂鬱は終わらない。







戻れみりゃ

 
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