ヴワル大図書館。
 刻は23:15。


 
「……うにゃー……」
「……」



 貴重で希少な魔導書の塔が林立している。
 こんなに沢山の本読みきれるわけないのに、あれもこれもとまるで秘密基地を作るように閲覧机の上に所狭しと積み重ねた彼女。
 おおかた魅力的な本の山を前にし、蒐集家としての気質を全開にしたのだろう。
 が、自分の持つ読解力量の限界を見誤り、到底目を通し切れない量の本を重ねたはいいが、どうすんだよ…これ。という風に頭を抱えている光景は珍しくも無い彼女の日常。
 基本的に努力のひとであるとはいえ、彼女にも限界というものがあるのだから。
 それでもつい先程まで本に埋もれ、夢中で本にのめり込んでいたのだが…





「……んー……」 すー すー
「……もう、魔理沙ったら」

 爆睡していた。
 しかも、開いた本のページに突っ伏し大口を開けながらだ。
 古めかしい古書の歴史ある上質紙が、瑞々しい少女のよだれを受けてふにゃふにゃにふやけているのが見えた。
 広い机の向かいで呆れたように肩をすくめる知識と日陰の少女。 ふたりの間、机の真ん中には文字を読むための明かりを魔女たちに提供し続ける古風なランタンが。

 ジ、ジジジ……   

 透明なガラスの内で、オレンジ色の小さな炎が揺らめいた。 内部で明かりの光量を調節する反射板が、控えめに輝く炎の息吹にあわせて自動的なお辞儀を繰り返す。 
 魔本で出来たバベルの塔は、その度に生き物が呼吸をするかのように陰影を蠢かせた。


 ――まるで月の砂漠にあらわれた一夜限りの蜃気楼のよう。

 儚いシルエットをぼうっと闇夜に浮かび上がらせて林立する知識の塔は、己が裡に秘めた知をひとかけらも逃さぬように、黙したまま語らない。
 知識とは、押し付けられるものではなく、自らの手で紐解き探求すべきものなのだから。 
 いつもいつも、好き勝手に此処の本を強奪していく馬鹿魔理沙だけど…その点のみは、素直に好感が持てる。


「ま、珍しく褒めてみたところで、本人がこのありさまじゃねえ」

 書を読み進めるために光を求める客の片方は、既にそれを必要としない状態に堕ちていた。
 それを寂しく見守る灯火はゆらゆらと不満げに煌めき、起きて起きて、とか細く囁いた。
 とはいえ、所詮は器物でしかない魔法のランタンはそんな不作法な客人の都合ににお構いなく、ただひたすら愚直なまでに忠実に己の職務をまっとうし続けるのであった。



「…………」  室内で動くものは、明滅するランタンの光のみ。

 ………

   ………………

夜の図書館に動く者は居ない。 

      ………  

        ………………   








  カタン  





 椅子をずらす音がした。 
 遠巻きに眠りこける魔理沙を見詰めていたパチュリーは、何時まで経っても起きる気配のない少女の傍へとおもむろに席を立ち歩み寄る。
 万が一にも気取られぬよう
 そろり そろり 
 ゆっくり ゆっくり と…  

 ぎしぎし床が鳴った。 
 これは別段パチュリーの体重が重いわけではなく、オンボロ床に敷き詰められた根性のない古板が空気より重い物体の蹂躙に耐え切れず情けない悲鳴を上げていただけのことなのだ。
 思っていたより大きな物音を響かせる床板に、ム…と眉をしかめるパチュリー。
 小声で魔理沙が起きたらどうすんのよ、と愚痴を零す。




 「――風精よ」

 ふわり  

 七曜を司る少女の呼びかけに応え、大気より励起されたエレメントがマスターの意志を汲んだ。
 室内のほこり一つ舞い上がらせない程度に完全制御された風の力は、卓越した術者の身体を軽やかに浮かび上がらせた。
 術式の助けでパチュリーは音も無く魔理沙に近寄っていく。



「……」 むにゅ むにゅ  


 ……暢気なものね、魔理沙。
 もし、私が悪意を持って近づいてきた復讐者であったなら一体どうする気なのよ。

 魔法使いたるもの、常に己を律するべし。

 自分のテリトリー以外でここまでの無防備を晒すとは未熟もいいところ。これでは殺され…はしないものの、どんな色々と目も当てられない目に逢っても文句言えないわよ、魔理沙? 

 そう不穏なことを思いつつも、素朴な灯火に暖かく照らし出される彼女の寝顔をなんとはなしに間近でじぃっと覗き込んでしまう自分。

 ……

  …………

   ………………なんか、いい。 


 彼女の寝顔を見ていると、なぜだか凄く落ち着いた気分になれる。
 いつもは憎まれ口ばかり叩く小癪な口元。あまりに身勝手で巫座戯た言動に思わず殺意を覚えることもしばしば。
 
だけど、無防備に緩められた唇は…
  …こんなにも、愛らしいカタチだったのか。

 あ、

 ……魔理沙って、目を閉じると長い睫毛が
      …とっても綺麗なんだな…

 明るくはっきりと開かれた目の輝きもいいけれど、愁いを帯びたこんな雰囲気も…





 揺らめき踊るランタンの明かり 
 


 目に焼き付けられるのは、ノスタルジックな陰影。
 それは地底深くに眠る黄金のように余人を魅惑する、抗いがたい輝きを放つさらさらの金髪。
 

「…なんて、気持ち良さそうな、髪なの」

 そんな耐え難い誘惑を自分にもたらす魔理沙の髪に…なんとなく触れてみたくなった。
 けど、今、彼女が起きたらどうしよう。
 逡巡。
 戸惑い。
 ……まあ、いいか。
 もし起きたら照れ隠しにそのままエメラルドメガリスでも頭に叩き込めばいいだろう。
 うん、それは名案ね。
 ついでに記憶喪失にもできそうだし。
 そうなったら……

 クス

 小悪魔の笑みを浮かべた。








 さて…

 そぉっと魔理沙の髪に手を伸ば…


「……うにゃ……フラン」
「! 寝言…?」




 
 ……。

 むか 

 はっと我に帰り、慌てて伸ばした手を引っ込めた。
 あー、誰も見ていないのが救いだった。
 一時の気の迷いとはいえ、こんなところを妹様なんかに見られたら…
 
 ……しかし、それよりも気になることがある。
 魔理沙……ちょっとちょっと。今の寝言は何? 
 聞き捨てなら無いわね。 
 毎日毎日飽きもせずこのヴワル大図書館にやってきて、いたいけな私の本たちを散々弄んでおいて……フラン? ……貴女が帰り際にいつも妹様の部屋に寄っていくのは知っていたけれど、一体中でどんなことしてたのよ…。


 めらめらめら  

 じと目の少女の薄い胸で、火霊がアグニシャインの如く心を焦す。
 五大精霊を従える魔女の激情に同調して、ランタン内部で細々と燃える灯火がぶわっと一際強く燃え盛った。
 室内に溢れ出す強い光。
 ビタミン不足な鳥目を眩しい灯火がちりちり焼いた。

 「……と。いけないわね、私としたことが。こんな些細なことで心を乱すのは賢者としてあるまじき失態だわ」

 独りごちるパチュリー。
 深呼吸して夜の静粛な空気をいっぱいに循環させ、胸にわだかまる暗い感情を排除することを試みる。

 すう…  
     …はぁー 
        
   ……
    
    …………

 よし。問題無い。 そうよ、いつだって私はクレバーな
「おおう、アリス…そんなところを…れ、霊夢まで…よくないぜ…それは友達以上の…」



「……はぁ?」 思わず声が出た。

 ナニイッテヤガルノ? コノマリサハ? 夢の中でどんな破廉恥プレイにいそしんでいるのデスカ?

 しあわせそうに頬を染めむにゃむにゃ言ってる魔理沙。
 もうほっぺの下に敷かれた本のページはべちょべちょだ。
 …よだれで。

  ……
   
   ………  

 許せないな。

 うん。 

 これは、到底許せるものではないし、許すべきでもないのだろう。 べ、べつに魔理沙が私以外の名前を呼んでやらしい夢を見ているからじゃあなくて……そう、貴重な魔導書をべたべたに汚したからであって、ほんらい本は読むものであり枕代わりにするものではないのであって、魔理沙が他の女といちゃいちゃ夢の中で乳繰り合ってるからではないのだ。嫉妬なんてしていない。それは断じて違う、違うのだ。

 でも…










「……なんでよ」  ポツリと本音が漏れた。

 さっきから、魔理沙は何度も寝言を口にしている

 が…



「なんで、なのかな…」

 呼ばれない。 一度だって、呼ばれなかった。
 ……自分の名前は。




「私って、そんなに、魅力、無い……かな」

 ……

  …………

 どうしたことであろう。 
 視界がぼんやりとしてきて、魔理沙の寝顔が、よく見えない。 



「……」  声がでない。 叫びたいのに、問い詰めたいのに。



 ――ねえ、魔理沙。あなたの見ている楽しそうな夢には、わたしは出て来ないのかしら?



 ……って、いつもみたいに本に目を落としながらなんでもない振りして、興味なさげに、聞いてみたいのに……。 





 ぽたり 

 ぽた…ん  

 


 なんだろう。 室内に水気は無いのに、水滴の落ちるおとがする。

 ――雨でも、降り出したのかな。

 魔理沙から視線を外し、私はちょっとばかし離れた壁際にある図書館の小さな窓へと近づいていく。 木製の格子窓に嵌め込まれたガラスの向こうに広がる夜景。 空には雲がいくつかまばらに流れている程度で、雨を呼び込むような暗雲は存在していない。 そのまま顔をあげて、遥か上空を仰ぎ見ると――











 空には月   差し込む明かりは 

   ――蒼く   ――冷たく 

  永遠に孤独な夜空の城塞にて、
   寒々しい凍気を地上に投射し続ける蒼氷の月







「……なんだ、雨なんて降ってないじゃな…い」
 尻すぼみに消えていく声。
 ……気づいてしまった。
 閑静な夜空を映し出す透明なガラス。
 其処には――


 ぽろぽろと
 ぼろぼろと 
 無表情に大粒の涙を流し続ける、
 寝巻き姿の幼い少女の哀れな姿が――


「――はは、なによ、これ。馬鹿じゃないの? 自分が泣いてることにも気がつかない、なんて」



  すとん  

    手近な席に崩れ落ちるように腰かけた。 


 ぽたん
  ぽたん

 おおきな雫が、乾いた木机に染み込んでいく。

 止まらない
  止まらない 

 なみだなんて……流したくないのに。



 ――こんな、情けない姿――誰にも見せられない。







「…消灯」        フッ  

 パチュリーの言霊がランタンの火を掻き消した。
 温かみのある暖色で照らし出されていた室内は、不意に訪れた暗闇の静寂に支配される。 静まり返る暗い密室――  そのまま少女は机に突っ伏し、声を押し殺して、泣いた。 



 哀しかった 
  悲しかった



  ――始めは、ただの邪魔者でしかなかった。

 本に囲まれていれば充分満たされていた過去の自分。

 ”わぁ、本がいっぱいだぁ
      後で、さ っくり貰っていこ”

 ”持ってかないでー”

                出会いは最悪。



 ”なによ
   また来たの?”  

 ”あんたかい? 
   これらの仕業は?”

 魔理沙が妹様に会いに行くときの会話。

 もし、此処で彼女を止めることが出来ていたのなら……こんなに苦しむことに、ならなかったの、に。
 





 喘息の発作で全力を出せなかった自分を、辛うじて降した魔理沙。 彼女はそのまま休む間も無く瀟洒で完全なメイド、十六夜 咲夜を突破。 その後、館の最奥に鎮座する運命の絶対者、永遠に幼き紅い月――紅魔レミリア・スカーレットに続き ありとあらゆる破壊を司る、最狂の魔――弾幕勝負では無敵に思えた妹様、フランドール・スカーレットまでも陥落せしめた。



 たかが、人間の魔法使いが……なかなかどうして。


 この時から、自分は彼女に興味を抱いてしまった。
 それからというもの此処、紅魔館にちょくちょく顔を出すようになった手癖の悪い魔法使い。 おもな行き先は――ヴワル大図書館。私の支配する領域だ。 彼女は何度も何度も、私がいいと言ってもいないのに此処に来る。
 時には、懲りもせず強引に本を略奪しようとする彼女と弾幕で勝負した。 
 機嫌がいいときには気まぐれで茶などを出し、ふたりで本を読み過ごすこともあった。


 彼女に逢うたびに 少しずつ 少しずつ 惹かれていく自分。 

 止まらない――想い。




 こんなこともあったっけ。



 喘息が酷く、声も出さずに苦しむ私を見かねて、
 こっそり小悪魔に特製の丹を手渡した魔理沙。

 もっとも彼女が作った丹は大きすぎて、とても飲み込めるシロモノではなかったのだけれど。 よお、気分が悪そうだから勝手に持ってくぜ、と照れを隠すかのようにそそくさと帰っていった貴女。 この図書館で行なわれた会話が、知識の番人パチュリー・ノーレッジに伝わらないとでも思ったのか。

 彼女はとても不器用でひねくれもの。

 ……わたしに似て。

 でも、そんな些細な気遣いが…  嬉しかった。

 本当に、本当に…
    …うれしかったのよ? 魔理沙。  






 ………

  ………………

   ………  

    ………………    





   ***  





 ヴワル大図書館   0:00  




「……うーん…ふぁああぁぁ。ううむ、なんかよく寝ちまってたようだぜ」

 ベリベリベリ 

 頭をもたげ大きく伸びをした拍子に、濡れてがびがびになっていたページが…取り返しのつかない音を立てた。



「うお。やば…」 慌てて辺りを見回した。

 ――おや、確か向かいにパチュリーが居たはずだが。 

 魔理沙の目前には、火の消えたランタンと薄気味悪く立ち並ぶ本の卒塔婆以外になにも存在していなかった。 
 まるで墓場のように静まり返った、重厚な雰囲気が支配する知識の殿堂。



「おーい、パチュリー居ないのかぁ。まあ、この場合そのほうがいいのだけどな」


 小声でこの図書館の主を呼ぶ魔理沙。
 きょろきょろ周囲を覗ううちに、窓際の席にうずくまる小さな影を発見した。


 ――なんだ、そんなところに居たのか。


 よっと席を蹴り、机に伏せたパチュリーの元に歩み寄る。
 遠めで見た感じ、どうやらぐっすり眠っているっぽい。


 ――ちっ、なんだよ…わざわざこんなに私から離れたところに行って眠るとは。 


 なんとなく不愉快な気分で魔理沙は眠る少女の顔を覗き込み、でかい声で文句の一つでも言ってやろうとおおきく息を吸い込んだ。


 
「―――おい、パチュ…リ…」















  サァァァァ……

   聞こえるはずのない、月光のおと。




 月を隠していた雲が天空の女神が吐いたため息に押し流され、背後の光源をあらわにした。
 窓から深々と差し込む荘厳な月明かりが――
 あり得ないほどに、
 幻想的な美しさで、
 泣きながら眠りについたお姫様を照らし出す。








 魔理沙の息が止まった。

 「……ぅぅ……」  切なげに呻き声を上げ、パチュリーが寝返りを打つ。


 その拍子にうつ伏せていた顔が横を向く。
 机いっぱいに広がった紫色の細く滑らかな髪の毛が、銀色の月光を受けてきらきら輝いていた。
 それは、極上のシルクを紫――高貴なる者しか身に纏うことを許されない禁色――で染め上げた天女の御髪。
 紫禁のヴェールに隠されていた病的なまでに白い面を月光が撫でる。
 少女の目鼻立ちは幼いながらも、その横顔はどこまでも清楚で可憐であった。
 月の魔力を燦然と浴びた、
 魅了の魔術にも等しい寝顔は…
 抗い難い吸引力で、魔理沙の視線を捉えて離さない。






「……」  無言。 







 声を出すことも息をすることも忘れ、食い入るように少女の寝顔を見詰め続ける。



  ………


   ………………


 月光のもと、

 やすらかに眠る姫の傍らに――

 心奪われて立ち尽くす黒い魔法使い


      ………


        ………………  










 ただ、時間だけがゆるゆると流れていった。  









 ………

 ………………

  ………  

  ………………








「――サイレントセレナ。まさに、パチュリー。お前の為にある言葉だな……」









 泣きたくなる程に静謐な月夜。
 頭を垂れて礼拝してしまう程に神秘的な月光。
 
 やっとのことで言葉を搾り出し、口にした賛辞。
 だがそれすらも目の前の幻想を表すには到底及ばない。
 目の前に居るのは、美しい、という言葉が陳腐に思えるほどの神性を秘めた少女。
 
 月と太陽と世界を構成する五行の神秘。 彼女こそは、それらすべてに愛されたエレメントマスター。最強の魔女。知識の番人。
 密かな努力でようやく此処まで辿り着けた自分とは、持ちうるアドバンテージが最初から違いすぎる。


「……」  不思議と嫉妬の思いは沸いて来ない。



 何故なんだろうな。
 …ああそうだ。
 確かにコイツは凄いヤツだ。でも…この不器用な馬鹿は、病弱で素直じゃなくて、滅多に無いが、笑うと思わず目を疑いたくなるほど、可愛くて…。
 強大な魔力の代償に慢性的な喘息の苦痛を受けながらも、五行を自在に操る意志力。そう、彼女…パチュリー・ノーレッジは、自分などより余程強靭な精神力を持つ。
 なのに、繊細すぎて、どこか危うく放って置けない厄介な魔女。



 ――どこまでも幼い外見をした「じと目」少女。

 月が幾つもの顔を持つように、彼女もまた、幾つもの表情を持つ。
 それらは一見どれも同じような無表情。

 だが、魔理沙にはそのどれもがしっかり判別できる。
 なぜなら…








「パチュリー……」



 泣き濡れる少女の睫毛に溜まった月の雫にそっと唇を這わせ、優しく口付けた。 
 涙はしよっぱいものだとよく言われる。

 が、

 自分が密かに想いを寄せるこの少女の涙は――



 ――甘露のように、甘く、切ない味がした。









 魔理沙は昏々と眠り続けるパチュリーの肩に、ふわっと自分が使用していたカーディガンを掛けた。


「ふふ、よっ…と」

 なにか楽しい悪戯を思いついたように、
 にやりと口元を吊り上げながら、魔理沙は歩き出した。


  コツ

   コツ 

 凛とした足音が静寂に木霊する。


 穏やかな笑みを湛え、魔理沙は歩く。

 一歩

 また一歩 



「……」  何故だか、とても、楽しい。

 最高に素敵な夜に立ち会えたことを感謝し、そんな自分を誇らしげに思いながら魔理沙は歩み続けた。

 そして静かな光が降り続ける窓枠の前に辿り着く。
 さのまま手近な机に腰掛ける魔理沙。







「――さて、お嬢さん。今宵、幻想舞台の銀幕はこれより開幕致します」



 机に手を突き、両足をぷらぷらと揺らす。
 何気ない動作を続けながら、窓の向こう、輝く夜空を一瞥し、魔理沙は芝居がかった口調で喋りだした。




「夜空に浮かぶは銀盤の歯車。それは孤高の高みにありて、ただひたすらに天の車を廻し続ける永久機関。周囲に散りばめられた星屑は、まわりまわってまわり続ける孤独な月を、幾千幾万ものグレイズで削りゆくだろう」




 遠く遠く、星空の向こうに意識を飛ばし、魔理沙は高く高く澄んだ声で謳うように宣言した。







「スターダスト、レヴァリエ。――星屑の幻想」






 スペルを使用した訳では無い。
 だが、魔理沙の想いを受け、朗々と輝く円月の周りで遥か異界の星々が瞬く速度を速めたような気がした。





「サイレントセレナ、スターダストレヴァリエ。夜の幻想は終わりを迎える事無く、いつまでも踊り続けるんだぜ? …夢の中でな」





 立ちあがる。

 机の上でくるりと気障っぽくパチュリーに向き直り、夜に沈む世界を抱きしめるよう――両手をいっぱいに広げた。









 窓枠の逆光に浮かぶ十字のシルエット。
 







 現実に無防備な彼女に手出しする事適わず、愛しき姫の眠りをただ見守り続ける意気地なしの魔法使い。
 
 彼女をあらわすシンボルカラーは黒。
 
 すらりと佇む魔理沙から暖かな黒い影がするすると伸びて――
 凍れる月の光に代わり、眠れる姫を抱きしめた。
 魔理沙はちょっぴりはにかみながら、
 星の王子さまのように涼やかに微笑み、
 夜のしじまに透き通るような声で、
 心から沸き立つようなセリフを愛しい少女に贈る――              





「――本当に、いい月だぜ。なあ、そう思わないか? パチュリー……」












 背後の夜空に浮かぶ銀の円盤が、
 星々の演奏する鍵盤に合わせてくるくるまわり、
 世界中に銀色の小夜曲を奏でていく幻想


 孤独な満月のまわりをかこむよう、
 蠍火の如く配置された万色に輝く星の燭台がチカチカ明滅

 それは凍れる月の突き刺すような、ギザギザとした拒絶を

 ――歪円の寂しさを――

 ゆっくり埋めようと舞い踊る星の魔法



  ――アンチ エイリアス。

   ……怖がらせないように、
       傷つけないように、
         優しく優しく――

     時間をかけて歩み寄ろう。





 角の取れた完全な真円から降り続ける光雨は、冷たく暖かい。

 紫色の少女。彼女本来の一途な輝きは、ひねくれた魔法使いの黒衣を薄紙の如く貫き通すのだ。







 これは

  月と星の絡み合う幻夜が明けるまで続く――
  
   ふたりきりの

      静かな  静かな    


            ――セレナーデ


  













戻れみりゃ

       

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送